子供のころの話
私は平等家の跡取りとして生まれました。
姉と弟が一人ずつ。
両親はもともと鯖江の小黒町で繊維工場を経営していました。
大きな事件が起こった。
その両親が経営する繊維工場は、私が小学1年生の冬焼失しました。
大人になってからその当時の話を聞くと、炎はまっすぐ上に向かって燃え盛っていたおかげで周りへの延焼は少なかったと聞きます。
風がなかったんですね。ほんと幸いだったと思います。
火事の原因はネズミだったらしいです。ネズミがコンセントをかじり漏電してたまっていたほこりに引火し、当時は漏電遮断器も今ほど優秀ではなく消化するための消火器はかなり大きくて、母が消火しようとしたらしいのですが消火器が重くて使えなかったらしいです。
水をかけるとさらに炎が大きくなっていくため、もうダメだと私たちを起こし外へ一緒に逃げました。逃げている途中は覚えていませんが、煙が苦しかったのは今でも思い出します。
心に負った傷
当時小学1年生。ピカピカのランドセルも誕生日に父に買ってもらった飛行機のプラモデルも住むところも思い出の写真もすべて失いました。その後、祖父母の家が自分たちの家になりました。
そこからですね。私に対してなにか思いをこめていただいたものって捨てれなくなりました(笑)
あと、小学校残りの5年間ずっとランドセルを背負わずに登校しました。
ランドセルは寄付してもらえたので持っていましたが、ぼろぼろの使い古したものでした。それが恥かしくてずっと手提げかばんで登校。先生に怒られながらも意地でランドセルは持っていきませんでした(笑)
あと、誕生日に父に買ってもらった戦闘機のプラモデル。ずっと大人になっても同じものを探していましたね(笑)
あ、暗い話になってしまいましたね(;´・ω・)


